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路地裏のキンモクセイ 第1章

木の葉が、深緑から紅へと色を鮮やかに移り変わる季節。

毎年恒例となっている収穫感謝祭を目前に控えた木ノ葉の里は、俄かに活気づいていた。

(へぇ⋯今年は気合い入ってるね)

木ノ葉きっての忍との呼び声の高いはたけカカシは、感謝祭を前に賑やかに装飾された町を見上げながら秋の訪れを実感していた。

「あ、カカシ先生ー!おーい!」

ボンヤリと空を見えげていたカカシは、聞き慣れた声に視線を向き直した。

そこには、何やら興奮した様子の教え子の姿。

「ナルト。なーに?」
「これ見てくれってばよ!」

頬を上気させて、ナルトが差し出したのは一枚の紙切れ。

「⋯雑技団?」
「感謝祭で来るんだってばよ!」

忍者である自分も一般人から見れば雑技団のようなものなのに、この興奮様は何なのか、子供心は全くもって不思議である。

それでも、任務のときとは違う輝きを放つ教え子を見れば、自然と目が弓なりになる。

「カカシ先生も祭り行くのか?」
「んー⋯あーんま、興味はないね⋯」

正確には興味がないというよりも、これまで祭りになど参加したことがないから、浮かれた人々と賑わう街並みの中に放り込まれたところで途方に暮れるのが目に見えている。

「えー!そんなのつまんないってばよ!」
「ま、俺は大人だからね」

納得いかない様子をありありと表した教え子の膨れっ面に、困ったように苦笑して

「ま、ナルトは楽しんでよ」

ポン、と頭に軽く手を乗せてそう言ってナルトと別れた。

(さーて、どうしようかね⋯)

感謝祭だからと言って任務がなくなるわけではないのだが、今年は偶然にも感謝祭と休みが重なったため、カカシは時間を持て余していた。

とりあえず夕飯の材料でも買いに行こうかと思い、魚屋へ足を進めようとした時。

──ガタッ

細い路地裏から聞こえた物音と、忍だからこそ聞き取れた小さな話声にカカシは鋭く反応した。

「早くヤっちまえ!」
「動かねーから、一気にヤれんじゃねーの?」
「じゃお前そっちな」

男が3人と、声こそ聞こえないがもう一人⋯──おそらく女だろう、気配を感じる。

男の会話と路地裏という状況から大方の予想はつく。

「しかし、抵抗されないっつーのもつまんねェな」
「何言ってんだよ、楽でいいじゃねーか」
「そうそう、案外こいつも楽しみなんじゃね?」
「ははは」

反吐が出そうな会話をしている男達に

──スッ⋯

音もなく背後から近づく。

──トンッ

「っ!?」
「う⋯」

男達の首をめがけて手刀を下ろせば、素人と思しき彼らは自覚する間もなく意識を失い地に伏した。

重なり合うように地面に転がった男達を足で隅へ追いやれば、陰になっていた男達がいなくなったことで、その先にあるものが視界に入った。

地面に背をつけ、薄暗い路地裏に差し込む微かな光を仰ぎ見るかのように瞳は空を見つめている、一人の女。

恐怖に怯えているというよりは、どこか諦めの色が窺える表情をしていた。

事実、男達が倒れた瞬間も彼女は安堵するでもなく、そのままの状態で、役目を終えたと言わんばかりに瞳を瞑り、深く息をした。

「⋯だいじょーぶ?」

地面に転がった男達を避けて、冷たい路地に体を横たえたまま瞳を閉じる女を覗き込むように声をかける。

その声に、女はゆっくりと、初めてカカシの顔を見た。

路地裏の僅かな光の中で、揺らめく女の瞳がカカシを捉える。

透き通るような、真っ直ぐな瞳。

複雑な色を滲ませながらも、強い意思を宿した瞳。

刹那、カカシの心が揺れた。

「⋯はい」

そう言って彼女はおもむろに上半身を起こし

「ありがとうございます」

口元だけで微笑んで、そう礼を告げた。

どことなく影を漂わせる、寂しげな笑顔だった。

「家どこ?送ってくよ」

カカシの申し出に、彼女は少し躊躇いながら

「私は⋯ここの里の者じゃないんです」
「じゃあ、宿⋯」

と言いかけて、彼女の顔が強張ったのをカカシの目は見逃さなかった。

後から考えれば他にも方法はあったのだろうけれど、その時カカシの口をついて出てきた言葉は、自分でも予想だにしなかったものだった。

「──とりあえず、怪我もしてるみたいだし服も汚れてるから、うちにおいで」

その言葉に、彼女はカカシの顔を改めて見た。

「⋯だいじょーぶ、オレは何もしないよ」

彼女の瞳に、微妙な動揺の色が浮かんだのを見て、苦笑しながらカカシはそう言った。

そんなカカシに少し警戒を解いたのか、彼女は表情をやや崩して応えた。

「⋯お言葉に甘えてもいいですか?」
「ん。じゃ行きましょーか」

カカシが差し出した手を自然に取り、その場に立ち上がる彼女。

その砂で汚れた服から除く肢体は頼りないほど華奢で白かった。

彼女が乱れた着衣を軽く整えるのを待ってから、カカシは壊れ物を扱うかのように彼女を抱きかかえて、家を目指した。