路地裏のキンモクセイ 第3章
大通りに出ると道の両脇に所狭しと露店が並び、酒酒屋や火影邸へと続く道には赤い提灯が並ぶ。
さらに大通りを歩くと少し開けた場所があり、今そこには赤と白で彩られた舞台が置かれている。
舞台上では太鼓や大道芸などの見世物の他、今回の目玉である雑技団の見世物があるということで、人一倍の賑わいを見せていた。
その舞台を遠くに見つけたなまえは、カカシの袖をキュッと摘みその背に隠れるよう後退った。
その横顔は驚くほど蒼白で、震えを堪えるために噛み締めた唇の赤だけがくっきりと色づいていた。
「だいじょーぶ、あそこには行かないよ」
安心させるようになまえの頭をポンポンと撫で、舞台に背を向けるように反対方向へ歩き出す。
「お祭り初めてなんだっけ?」
「はい」
「んー⋯じゃあお祭りらしいことしよっか」
「お祭りらしいこと?」
首を傾げるなまえに、カカシはそ、と目を弓なりにして微笑み返した。
「なまえはどれがいい?」
「え、えっと⋯」
カカシとなまえが並んで立ち尽くしているのは、大人の背丈ほどの壁一面に飾られたお面を売っている露店。
「決めらんないならオレが決めちゃうよ?はい、コレね」
とカカシが差し出したのはハムスターのキャラクターのお面。
「小さくてチョコチョコ動くんだよね、ハムスターって。なまえに似てる」
「じゃ、じゃあカカシさんはコレです!」
そう言ってなまえが手に取ったのは、怪しげなマスクをつけたお面。
「顔を隠してるとこがそっくりです」
と、つんと顔を背けながら拗ねたように言うなまえ。
「?」
「これ、覆面被ってて怪しいけど、一応正義のヒーローなのよ」
「えっ!」
カカシの言葉に驚いたような顔をした後、なまえがニコッと笑って言った。
「じゃあ、ますますピッタリですね!」
「──⋯」
(反則でしょーよ、その顔⋯。)
照れた顔を隠すように、すでに3分の2以上隠れているその上から、カカシはなまえの選んだ怪しげなヒーローの面を被った。
「はい、じゃあ次コレね」
未だヒーローの面を被ったカカシがなまえを連れてきたのは赤や黒の金魚が泳ぐプールを広げた金魚すくい屋。
「これで掬うんですか?」
「お、お譲ちゃん初めて?」
「はい⋯」
「じゃあ特別にもう1本サービスしちゃおうかな!」
困惑顔で金魚の泳ぐプールを覗き込んでいたなまえは、露店の親父にもう1本網を渡されると、両手に網を持って困ったような顔でカカシを見上げる。
「とりあえずやってごらんよ」
「⋯はい!」
もう1本あるんだし、と言えばなまえは大きく頷いて、手に持っていたお面を頭に斜めにかけると網を持ち直して金魚に向き合う。
──チャポ⋯
静かに水面に触れた網は見る間に水分を含み、赤い金魚をすくう衝撃に簡単に破れてしまった。
「あ⋯」
破れた網を悲しそうな顔で見つめるなまえに、愛護心をくすぐられたらしい露店の親父がコツを教える。
「こう、水面に向かって斜めに入れてだな⋯網の部分じゃなく淵で引っかけるようにすくって素早くお椀に入れるんだ」
「は、はい⋯」
「金魚は影になってる部分に群がるからな、ほらこっち側のほうがやってみな」
親父が座っている側にちょうど群れができていたため、親父が席を空けなまえを招き入れる。
「ほら、いまだ!」
「はいっ」
──スッ
「「取れた!」」
網の動きに従って金魚が踊るようにお椀に滑り込み、なまえと親父が同時に歓喜の声を上げる。
「ほら、もう一匹!」
完全に商売であることを忘れて親父が少年のような顔でなまえを促せば、なまえも「はい!」と返事をして金魚に網を向ける。
そんな二人の様子にカカシは置いてけぼりをくらったような顔でポカンとしていたが
子どものようにはしゃいでいるなまえの顔を見てホッと和らぐ心が心地よくて、傍らで静かに見守っていた。
「カカシさん、こんなに取れました!」
しばらくしてなまえが金魚の入ったお椀を片手にカカシに走り寄ってくる。
小さなお椀には息苦しそうな程たくさんの金魚がいた。
「いやー、すっかりコツ覚えちまったな、お譲ちゃん」
「おじさんのおかげです」
「待ってな、今ビニールに入れてやるから」
「あ」
普通のビニールでは金魚が苦しいだろうと判断したのか、大きめのビニールを探す親父になまえが声をかける。
「あの、金魚はいらないです⋯」
「へ?」
なまえの言葉に親父がポカンとした顔をする。
「飼ってあげられるところもありませんし⋯」
眉を下げながら笑ってそう言うなまえに、カカシは後ろから声をかける。
「うちで飼えばいーじゃない」
「えっ⋯でも、」
「せっかく獲ったんだし、ね?」
少し強引ではあったものの、ニッコリ笑ってそう言えば、なまえも小さく頷いた。
「じゃあ、あの、2匹だけ⋯いただけますか?」
2匹の赤い金魚が泳ぐビニール袋を片手に
頭には斜めにかけられたお面。
そんななまえの姿に、うん、なんかお祭りっぽいと、カカシは満足気に頷いた。