yumekago

深緋の楽園 第5章

翌朝目を覚ますと、燃え尽きた焚き火の向こう側でなまえが小さく丸まっている姿が見えた。

持ってきていたブランケットは一つだけだったらしい。
身体を寄せるように縮こまって寝息を立てているなまえに、オレの体温で温まったブランケットをかける。

伸びをしながら岩場を出ると、雨はすっかり上がって晴天になっていた。

この分なら、昼過ぎには目的の街へ着けるだろう。

岩場に戻ると、なまえがクシュンと小さくクシャミをしてゆっくりと目を開けたところだった。

しばらくボーッとしてから、オレがすでに起きていることに気付くと慌てて飛び起きる。

「すみません、寝坊してしまって⋯」
「オレも今起きたところだ」

そう言葉を返せばホッと胸を撫でて、すっかり乾いた服を身に着け始めた。

朝食を食べると岩場を出て、目的地を目指して歩を進める。

昨日は荒野だらけだったが、街が近づくにつれて森や川が増えてくる。

見慣れない花や見たことのない生き物を目にするたびに、なまえは驚いてその目を輝かせる。
オレからすればどれも取るに足らないものばかりではあるのだが、なまえには相当物珍しいものらしい。

大げさにも見えるそのリアクションに、ふと疑問が口をつく。

「街の外へ出たことがないのか?」

オレの問いに、なまえは少し視線を彷徨わせてコクンと頷いた。

「不用意に外へ出ないように言われていたので⋯」
「過保護な親だな」
「⋯私が6歳のときに両親が亡くなったので、施設で育ったんです。両親のことがあったから、施設の人が過敏になっていたんだと思います」

その言葉に思わずなまえを見る。
そう言えば、緋の目について尋ねたことはあったが、親の話は聞いたことがなかったな。

「殺されたのか?」
「正確には母だけですが⋯その時に負った怪我が原因で父も数ヶ月後に亡くなりました」
「殺された理由は知っているのか?」
「はっきりとはわかりませんが、断片的に覚えてる言葉はあります」

なまえは一度言葉を切って、深く息を吸うと胸に抱えた本をギュッと抱きしめて続けた。

「母が襲われたとき、両親が私を隠してくれたんですけど声は聞こえてきて⋯。知らない声が掟を破ったって言ってました」

クルタ族の掟のことだろう。

山奥に住むクルタ族は、森から出ることを厳しく禁じていたと聞く。
破ったものには重い罰があると耳にしたことがあるから、おそらくなまえの母を殺したのもその手の者だろう。

しかしクルタ族の掟が緋の目を守るためのものだとしたら。

「探されなかったのか?」
「え⋯?」
「連中はその眼を持っている者を探していただろう」

その言葉に、なまえはなぜとでも言いたげな顔で目を見開く。

「⋯よくわかりましたね。確かに子どもがいないか何度も聞き込みがあったそうです。
 近所の人が匿ってくれたのもありますが、私は普段の瞳は鳶色ではないから見つからずにすみました。母のお腹に子どもがいたので、他に子がいると思い至らなかったのかもしれません」

遠くを見つめるその瞳には、何が映っているのだろう。

幼い日の温かな思い出か、残酷な光景を目の当たりにした絶望か、全てを失った空虚な世界か。

「この瞳の色は父に似ました。私は母の鳶色の瞳が好きでしたけど、父に感謝しないといけませんね」

なまえの顔には、悲愴も憎悪も憤怒も見えない。
そこにはただ、穏やかな顔で真っ直ぐに前を見る瞳があるだけだった。