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深緋の楽園 第5章

外に出たからといって、一日時間を潰せる宛があるわけでもない。
除念師を探すには情報を集めて段取りを整える時間が必要だし、この街には希少な本を取り扱っているような古書店も見当たらなかった。

老夫婦がやっている廃れた喫茶店に入ると、コーヒーを飲みながら本を開く。

昔流行った古いサウンドが流れる店内にはオレの他に常連客らしい人物が1人いるだけで、静かだった。

カウンターで店主と向かい合って座り、街の噂話に興じている客の喋る声を遠くに聞きながら、本に目を走らせる。

鼻孔をくすぐるコーヒーの渋い香りと読書を遮らない程度の雑音。
最も読書が捗る空間だ。

そんなことがふと頭をよぎった瞬間、そういえばなまえを見つけたのも、こんな風に時間を過ごしているときだったなと唐突に思い出す。

なまえと同じ空間にいたくなくて家を出たはずなのに、なまえを思い出してしまった。
迂闊な自分を責めたところで、脳裏に浮かぶ残像は消えてくれない。

なまえを思い出すと途端に読書の進みが遅くなる。

昨日の夜もそうだった。

苦しそうに大きく呼吸を繰り返すなまえの様子が気になって、本に向かっていた意識がいつの間にか隣の部屋で眠るなまえの息遣いに集中していた。

薬を飲ませた後も、なまえが咳き込んだり苦しそうに息を漏らしたりするだけで思考が奪われて、ついには読書を諦めて寝ることにした。

が、ソファに寝転んでからもベッドが気になって寝付けず、結局ベッドを背にして凭れ掛かるように寝たのだった。

調子が狂う。

ペースを乱されるのは好きじゃないし、好きな読書を邪魔されるのは実に不快だ。

アジトで団員たちが騒いでいても、取っ組み合いの喧嘩をしていても、目の眩むような宝を取り合っていても、団員に声をかけられても、本に集中できないなんてことはなかった。

何なんだ。

何かに急かされるように再び本を開いて文字を目で追うが、全く内容が入ってこない。
諦めて本をテーブルに置いて目を閉じると、深く息を吸い込んで吐き出す。

そのままテーブルに肘を立てて頭を抱えた。

しばらくそうしていると徐々に眠気が襲ってくる。
昨日あんな体勢で寝たからだろうか。

それに抗うことはしない方がいいと判断して、誘われるままに眠りに落ちていった。