深緋の楽園 第4章
朝食を終えるとなまえの部屋に向かい、本を開く。
昼食を取った後にわずかな時間外出するが、帰宅するとすぐにまたなまえの部屋に籠もり夕食まで読書に没頭する。
あの日以来、なまえの部屋で過ごす時間は日に日に長くなっている。
何をしているかと言えば、互いに本にかじりついているだけだ。
強引に身体を開かせるわけでもなければ、なまえを怯えさせて楽しむでもない。
ただ同じ空間で同じように本を読むだけ。
わずかなスペースを残しただけのテーブルには、高く積まれた本の山。
オレの部屋にあった本も新しく手に入れた本もほとんど全てをなまえの部屋に持ち込んだ。
集中力が切れてふと顔を上げたときに、なまえの百面相を眺めているといい気分転換になる。
専門書を読んでいるときは眉間に皺が入ったり感心したように頷いたり。
文芸書を読んでいるときは切なそうに目を細めたり薄っすらと涙を滲ませたり。
児童書を読んでいるときが一番感情がわかりやすい。
それまではオレが同じ空間にいるとなまえはガチガチに緊張して縮こまって震えているのが常だったが、本を読んでいる間はリラックスするのか自然体になる。
本人は無意識だろうが、肩の位置が下がって顔から余計な力が抜ける。
本を開いてその世界に落ちていくと、暗い陰を落としていた瞳に輝きが戻り、真一文字に閉じられていた口元は微かに口角が上がり、青白い頬に色が差す。
水を得た魚そのものだ。
生き生きとした様子で本に夢中になっているなまえを見ていると、普通の人間なんだなと思う。
いや、正確には、感情を持った一人の人間なんだなと気付く。
緋の眼という愛憎の対象でもなく、好き勝手に暴行できる奴隷でもなく、反応を楽しむ手慰みの玩具でもなく、当たり前に感情を持った一人の人間。
だからといってこの関係が変わるわけではないが、少なくとも一人の人間だとオレに認識させたことはなまえにとって多少の助けにはなるのだろう。