路地裏のキンモクセイ 第2章
「ん⋯」
ふとカカシが目を覚ますと、すでに日は西へ傾いていた。
寝ちゃったのか…と休日を無駄に過ごしてしまったことへの後悔を感じていると、うたた寝をしたはずの自分にきちんと毛布がかけられており
同時にそれをかけたであろう人物の存在を思い出し、カカシは飛び起きた。
「なまえ!」
名を呼びながらドアを開けると
「あ、カカシさん。起きました?」
と、洗濯物を畳みながらカカシを見上げて微笑むなまえが居た。
「ごめん、オレ寝ちゃって…」
「えっ」
「え?」
カカシの謝罪になまえは要領を得ない顔で首を傾げるので、カカシもつられて首を傾げる。
「どうしてカカシさんが謝るんですか?」
「だって、暇だったでしょ?一人にしちゃったから」
その言葉になまえは驚いたように目を見開いて、一呼吸後にフッと肩の力を抜いて笑った。
「私、楽しかったですよ。
誰かのために家事をして、季節を感じながらこんなに穏やかに日常を過ごしたのは久しぶりだったから」
少し開けた窓から香ってくる金木犀の香りを目を瞑って深く吸い込みながら言うその言葉に、偽りは感じられなかった。
「温かくて、奇跡みたいな一日でした」
「──⋯」
カカシの目を真っ直ぐに見て、そう言い切ったなまえの顔は確かに充足感に満ちていて
「そっか⋯」
無意識にカカシの体からも力が抜け、崩れるようになまえの隣へ座り込む。
「秋刀魚が食べたい」
なまえの肩にもたれかかるように頭を預けて目を閉じ、甘えるようにそう言った。
なまえはカカシの行為にピクリと体を震わせたが、胸の内に秘めた想いを汲み取ったのか、拒否することもなくカカシを受け入れた。
「秋刀魚、お好きなんですか?」
その問いにコクンと頷く。
「あと茄子の味噌汁」
「じゃあ夜ご飯はそれにしましょうか」
「ん」
ああ、これじゃまるで子供だ、とカカシは自嘲気味に笑った。
母親の存在に安心しきって眠ってしまい、目が覚めて焦って母親を探して、母親を見つけて、そして甘える子供。
警戒心を佩帯している忍であるはずの自分が、あろうことか他人のいる空間でうたた寝をするなんて
彼女の気配を感じないことに平常心を忘れ、家中のドアというドアを開けて探し回るなんて
何にも揺るがないよう訓練に訓練を重ねた精神が、彼女の存在一つでこうも簡単に乱れ、そして落ち着くなんて
「⋯まいったね⋯」
ため息とともに吐き出された、抗いようもない本心。
そんなカカシの本心を読みとったわけではないが、なまえはカカシの零した弱さともとれる心に気付かない振りをして
しかし畳むものがなくなって手持無沙汰になっても、肩を貸すためにそのままの姿勢を保っていた。
(ほんとにもー、この子は⋯)
まるで囚われた捕虜のように、心の中で両手を上げる。
「なまえ、夕飯の材料、買いに行こうか」
一呼吸おいて、カカシはようやく頭を上げてニッコリを笑ってそう言った。
「はい」
カカシの笑顔に安心したのか、なまえもそれに応えるように笑顔で頷いた。